2018年11月21日
地球環境
研究員
間藤 直哉
ビジネスパーソンの自己紹介の定番といえば名刺交換だ。高知県庁の環境関連部署の方々と名刺交換をしたところ、見慣れない木目のデザインに目が留まった。もしやと思い鼻を近づけたところ、ほんのりと漂う木の香り。木を薄くスライスし、そこに印刷をしているようだ。
木製名刺のサンプル
初めてお会いした方とも、「木でできた名刺なのですね」などと会話が弾む。森林率が日本一の高知県、森林を水源とする豊かな川、四万十川のカヌー体験...話はどんどん膨らんでいく。話題の元になった名刺は高知県のある村で生産されているという。東部の山中に位置する馬路村(うまじむら)が95%出資する第三セクター「エコアス馬路村」である。名刺だけでなく、ボールペンやシャープペンシル、はんこなどさまざまな木製品を作っている。
後日、エコアス馬路村を訪れ、同社の総務企画課係長の山田佳行さんに話をうかがった。山田さんによると、エコアス馬路村は衰退した林業を村のお金でもう一度推進したいと設立された。現在16人の社員が森林育成から原木の生産・加工、製品の製造・販売まで手掛けている。林業に関する事業を一貫して手掛けるのは非常に珍しいという。山田さんはそのメリットとして「最終製品の適正価格を把握でき、林業に関わる人たち全員に適正に利益を分配できる。利益が偏ってしまうと林業が永続していかない」と指摘する。
薄く切り出した木を説明する山田佳行さん
このため、エコアス馬路村は最終製品までに入念に加工し、いかに付加価値を付けるかに腐心する。例えば、名刺はまず紙に近いくらいに薄く木を削り出し、丸まらないようアイロンで伸ばす。その後、重しを載せて平らにする。さらに、強度を増すため和紙を2枚の薄い板で挟んで接着し、ようやく名刺用紙ならぬ名刺板が完成する。
名刺用に削り出された木
ボールペンやシャープペンシル、はんこの場合は初めに木材を3分の1ほどに圧縮し、それぞれの製品の形に削り出す。後は共同開発している大手文具メーカーの部品と組み合わせれば製品が出来上がる。圧縮された木のため、ずしりと重い。筆者もサンプルを持たせてもらい、手触りの良さと高級感に魅せられ、ネーム入りのシャープペンシルを早速注文。発注してから4日ほどで手元に届いた。大切に使いたくなる一品だ。
木を圧縮する作業
(提供)エコアス馬路村
3分の1に圧縮された木材
(提供)エコアス馬路村
ほかにも、うちわやカバン、テーブル、簡易ベッドなどを製造・販売しており、素材を活かすために製造工程でさまざまな工夫が凝らされている。こうして作られた製品はお客様から好評を得ている。例えば、ボールペンとシャープペンシルはプレゼント用に好まれ、「大学教授の還暦祝いに渡して大変喜ばれた」といった声が届く。また、うちわはノベルティグッズとしてお客様に配布する企業が多く、「木の香りがとても良く、お客様に喜んでいただいて良い記念品になった」という評価が数多く寄せられる。
木のうちわとネーム入りシャープペンシル
ここに至るまで順風満帆だったわけではない。エコアス馬路村の設立当初、木製の食品トレイの販売を計画していたが、価格がプラスチック製の10倍に上ることが判明。高級食材用で再検討したが、今度は木の匂いが食品に付いてしまうことが問題となる。木の香りは木製品の売りなのだが、食材にとっては逆効果。結局、すぐに撤退を余儀なくされた。「この失敗を糧に、木の香りがプラスとなるうちわや文房具を製造した。さらにはデザイナーと組んで作ったカバンなども手掛けるなど、うまく展開できている」と山田さんは振り返る。
木のカバンである「モナッカ」
そんなエコアス馬路村にとって、今抱える課題は二つある。一つ目は後継者育成で、これは日本の林業の課題と一致する。20年先を見据えて、これまで蓄積してきた知識やスキルを次世代に引き継いでいく必要がある。
二つ目は企業との連携促進だ。「『木を使ってこんなことをやりたいのだが可能か』という相談から、新しい製品が生まれることは多い」と言う山田さん。情報発信に努めてはいるものの、消費者ニーズに近い企業といかにパイプを築くか、頭をひねる日々だ。
山田さんは「木という素材を使って試したいと思っていることがあれば、迷わず一度相談してみてほしい」と話す。何気ない相談が、高知県ひいては日本に眠る豊富な森林資源の利用価値を高める起爆剤になるかもしれない。
(写真)提供以外は筆者 PENTAX WG-3
間藤 直哉